このテーマはあまりにも大きな事なので、書き始めてもいつも途中でくじけてしまう。しかし自分なりに思っていることを、いくつかに分けて伝えようと思います。
調律とは、音程をある基準のピッチに合わせること。なのですが...どうもそれでは不充分なのです。何が不充分かというと、音色、響き、音量をも造り込まなければいけないからです。そうです、調律とは音を合わせるというより、音を造ることなのです。
調律によって音が違います。いや、調律師によって音が違うのです。良い悪いというか、好き嫌いということで感じることなのかもしれません。
調律師の仕事をご存じの方は、調律、整調、整音があることをご存じでしょう。整音をして音色を変えるというのは当たり前です。が、私が言いたいことは、あくまでも「調律」が音を変えるんだということを伝えたいのです。
調律とは、音程をある基準のピッチに合わせること。なのですが...どうもそれでは不充分なのです。何が不充分かというと、音色、響き、音量をも造り込まなければいけないからです。そうです、調律とは音を合わせるというより、音を造ることなのです。
調律によって音が違います。いや、調律師によって音が違うのです。良い悪いというか、好き嫌いということで感じることなのかもしれません。
調律師の仕事をご存じの方は、調律、整調、整音があることをご存じでしょう。整音をして音色を変えるというのは当たり前です。が、私が言いたいことは、あくまでも「調律」が音を変えるんだということを伝えたいのです。
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それをふまえて技術者として川真田さんの調律から感じることは大きかったです。
音造りをしている時に客席で聴くことができないので、イメージをもっての音造り、ということでしょうか。具体的にはいろいろありますが、大きなヒントを戴いたと思っております。